伊八という人

伊八という人

伊八の名を、初めて耳にしたのは友人のエベレット・ブラウンからだった。
語り尽くせぬほど大きな物語のように思えた。

伊八とは、いったいどんな人だったのだろう。

エベレットの話では、酒をこよなく愛した職人。
行願寺での仕事を終えると、鞍に瓢箪を下げ、
太東岬の荒波へと馬を走らせたという。
私の心に浮かんだのは、狂気と歓喜のあいだを駆ける芸術家の姿。
馬が怯え、波が砕け、風が唸る中で、伊八は笑っていた。
海の力に身を委ね、陸に戻っても、
体の奥では波のうねりが生きている。
その揺らぎが静かな眠りへと誘い、
夢の中にも潮の音が響く。

夜明け前、鑿が砥石に触れる。
水を含んだ石の上で鉄が歌う。
海の記憶が、まだ手の中に残っている。
鑿が木に触れるのは、刃が完璧に冴えたときだけ。
そして最初の木屑が、静かに床に落ちる。
木の中から、波が立ち上がる。

木にも意志がある。
幾十年、あるいは幾百年と生きた木の年輪には、
すでに波の形が宿っている。
森と海の記憶が、ひとつに重なってゆく。

時は文化六年、一八〇九年。
江戸は浮世の花盛り。
物語と絵が、武士の世界を越えて人々に広がっていた。
日本橋から遠く離れた夷隅・荻原の高台に、行願寺が建つ。
山門の両脇に立つ仁王(金剛力士)たちが、炎のようなまなざしで訪れる者を見つめる。

伊八は布に包まれた一枚の板を抱え、頭を垂れて門をくぐる。
それは欄間──扉と梁のあいだに息づく彫刻。
粗い藍染の麻布だったのか、色とりどりの風呂敷だったのか。
絹ではなかっただろう。華やかすぎる。

僧が灯明のもとで包みを解く。
開け放たれた障子から海風が入り、
遠い浜辺の波音がかすかに聞こえる。
最後の布を取り払うと、磨き上げられた木の黄金色が部屋を満たす。

その瞬間、僧は平常心を保てただろうか。
木の上に、波が生きている。
宝珠を抱く波が立ち、
その上を鶴が朝日に向かって翔ぶ。
海が木の中を流れ、木が息をしている。

伊八の心には、どんな思いがあったのだろう。
それを誇りとしたか、祈りとしたか。
のちに北斎がこの欄間を見上げ、
蝋燭の灯が波を動かすのを眺めたとしても不思議ではない。
やがて「神奈川沖浪裏」に昇華する波の視点が、
この木の海から生まれたのかもしれない。
そして百年のち、遠いパリで、
赤い着物の女を描く画家の筆にも、
同じ魂の流れが宿ったのかもしれない。

行願寺の下では、農夫たちが田を耕し、
秋には柿を吊るし、新しい年を迎える準備をしていた。
誰かが大晦日の夜に、「波の伊八」の名をそっと口にしたかもしれない。
この静かな谷が、世界の美術に影響を与えるなど、
誰が想像しただろう。

この谷には、深い流れがある。
二十年以上前、私もその物語に導かれるようにここへ来た。
そして多くの人々と同じように、ただ黙って伊八の波を見つめた。
やがて、歴史を語る僧・市原先生が静かに言葉を紡いだ。
谷のこと、人のこと、そして芸術のこと。
その多くの記憶は、今、時の流れの中に溶けつつある。

それでも、夷隅の人々は今も大切に守っている。
数年前、私は再び伊八の作品を訪ねた。
急な坂を登らなくても、国吉の展示館で欄間を間近に見ることができる。
「撮影はご遠慮ください」との札が立つ。
だが、それでいいのだと思う。
写真ではなく、心に刻む。
その方が、波の魂は長く生き続ける。
あの、馬とともに海へ駆けた男の息づかいとともに。

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