伊八醸造庵 ― その名に込めたもの
ふと思う。
いや、今でも思い続けている。
二〇〇三年から私の心を離さない、この小さな夷隅の谷には、いったいどんな力が流れているのだろう。
インディアナのとうもろこし畑と大豆畑から、見えない潮に導かれるようにして、
行願寺を見上げる田んぼの四月の泥に、膝まで沈んでいた。
波の伊八に出会って一年後、友人のエベレット・ブラウンとともに、
私たちはボランティアの仲間を集め、行願寺の田をよみがえらせた。
四種の稲を植え、十五羽の合鴨を放した。
稲刈りの終わった夜、チョコレートと唐辛子で味つけした合鴨を焚火で焼いていると、
一人の老農が首をかしげ、「ふむ……変わった外国の料理だな」と笑った。
その人こそ、私の不格好な竹のハザ掛けを見て、
何も言わずに手を伸ばし、正しいやり方を教えてくれた人だった。
失われていく知恵は、湯気のように時の彼方へ消えていく。
この谷の米は甘く、香りが深い。
田に合鴨を戻せば、さらに旨くなる。
二〇〇五年の春、ぬかるむ山道を登り、
地元の人に教えられた廃屋を見に行った。
また、あの見えない引力を感じた。
昔、大地震と津波が岬の浜を襲い、
生き残った人々が山へ逃れて集落をつくったという。
その五軒のうち最後に残った家が、
私の目の前にあった。
錆びたトタンに覆われた茅葺きの古民家。
二十年、三十年と、人の息のないまま立ち尽くしていた。
気がつけば、私はその家を買っていた。
山と格闘するような二年の修復。
思えば、正気ではなかったのかもしれない。
ベトナムで働く間に屋根はまた傷み、茅葺きは雨を吸った。
「来年こそ荻原へ戻ろう」と言い続けているうちに。
今、屋根を作り直しながら、
かつて棲んでいたハクビシンやタヌキ、
二メートルの青大将たちも、
どこかで安らかに暮らしていることを願っている。
農の夢は消えなかった。
ただ、眠っていただけだ。
その間に、もうひとつの情熱が私を捕まえた。――発酵という名の魔法。
弁護士としてベトナムで働きながら、
土地とつながる小さな試みとしてハノイ郊外でジャポニカ米を育てた。
収穫前には七百キロほどの稲穂を数えたが、
嵐の中、舟での収穫になり、
出張から戻ると、手元に届いたのは二百五十六キロの、半ば傷んだ米。
残りの四百キロを尋ねると、
相手はただ笑った。
――私のベトナム稲作は、そこで終わった。
落ち着かぬ心のまま、今度は家の車庫でビールを造り始めた。
もう一つのDIY。
やがてドイツ人の醸造家と出会い、
鍋とバケツの趣味を越え、
本物の設備を備えた醸造へと歩みだした。
あの古民家を直していたときと同じ熱が、また私を支配した。
今この文章を、タイからの帰りの機内で書いている。
あの小さな醸造所――セブンブリッジズが、
八百十二のエントリーの中から、アジア最優秀小規模ブルワリー、
そしてチャンピオンビールを受賞したのだ。
そのビールとは、砕け米で仕込んだライスラガー。
質素な米が、アジアの審査員たちを驚かせた。
思いは荻原へ戻る。
行願寺、稲の香り、干し柿、
そして今はもう耕さなくなった隣人たち。
谷が再び私を呼んでいる。
田を起こし、柿を吊るし、掃除に顔を出し、
また合鴨を育てたい。
この谷の引力は、かつてなく強い。
田と森に抱かれたこの地に、
ファームブルワリーをつくることで、
眠る田を再び甦らせることができると信じている。
米も小麦も大麦も、そしてホップさえも、この谷で育つ。
アジアの大会が示したように、
米は価値ある恵みへと変わり、小さな醸造所を頂点へ導いた。
二〇二六年、この谷の農を次の世代へつなぐため、
私は地域の仲間とともに、
新しい形のファームブルワリーを立ち上げたい。
農とサステナビリティ、
最新のクリーンテクノロジーと醸造、
そしてアグリツーリズムを結びつけ、
地域再生のモデルを描きたい。
思えば、稲作こそ日本の根そのものではないだろうか。
ならば、なぜ耕すのか――その意味を、もう一度考えたい。
ベトナムでのセブンブリッジズは、
計画もなく始まり、数えきれない失敗から学んだ。
今回は違う。
二年の準備と調査を重ね、
荒れた建物、休んだ田、手つかずの林を、
少しずつ生まれ変わらせる道筋を描いた。
資金は後からついてくる。
小さく始め、自然に育てればいい。
そして――名を考えた。
この谷の不思議な引力を思えば、
答えは一つしかない。
この地を形づくってきた人々と土地に敬意を払いながら、
私を最初にここへ導いた芸術家、
酒の瓢箪をぶら下げ、馬とともに波へ向かったあの男に、
その名を捧げたい。
この場所の名は、伊八醸造庵。
「ブルワリー」という言葉では足りない。
ビールは表現の一つにすぎない。
私たちのすべては、酵母と麹の神秘の力に根ざしている。
農が土台であり、発酵はその変化。
それらが大地の恵みを、人の糧へと変える。
穀物の発酵こそ、人類の文明を生んだ火種だったという。
人は狩りをやめ、稲を植え、酒とビールを造るために集落を築いた。
風に乗って訪れる酵母と麹――
その自然の贈りものこそ、人と共に歩んできた神聖な仲間だ。
だからこそ、私たちの醸造の場は「工場」ではなく、
静かに自然と技と心が交わる「庵」であるべきだ。
この谷の恵みと、志を共にする仲間の力を借りて、
私は「伊八醸造庵」この地の新しい命を、形にしたい。