この谷について
宝永の揺れのあとに
1707年、宝永地震がこの地域を襲いました。
その揺れと津波は、房総沿岸の暮らしを大きく変えたと伝えられています。
海辺に暮らしていた人々は、
命を守るため内陸へ移り、
この丘に新たな生活を築きました。
五軒の農家が建ち、
土とともに生きる暮らしが始まりました。
それが、荻原の谷の原風景です。
残された一軒
時代は移り、
五軒あった農家のうち、
いま残っているのは一軒だけとなりました。
築およそ百八十年の古民家。
私たちはいま、この家を少しずつ修復し、
再び「生きる場所」として息を吹き込んでいます。
保存のためではなく、
続いていくために。
人の気配と、発酵の匂いが戻る場所として。
野生酵母の谷
この谷には、目に見えない微生物が生きています。
森の空気、
畑の土、
湿度と風。
私たちは、この土地の野生酵母を採取し、
土地そのものを醸造に取り込みます。
発酵は設備の中だけで起こるものではありません。
この谷そのものが、
ひとつの醸造環境です。
洞窟という時間
丘の一角に、
長く使われていなかった洞窟があります。
私たちはその空間を整え、
自然の温度と湿度を活かした
ランビックの発酵場所として再生しました。
人工的に整えすぎない。
自然の条件を読み、観察し、委ねる。
時間のかかる醸造を、
この土地に預けています。
農と循環
この谷の営みは、
農から始まります。
けれど農業は、静かに縮小しつつあります。
私たちは、それをただ見送るつもりはありません。
土地の穀物を活かし、
副産物を次へつなぎ、
無駄を出さない。
ゼロウェイストは流行ではなく、
この谷で生きるための姿勢です。
衰退を当然としない。
無駄を当然としない。
小さな循環を、
もう一度。
続いていく場所
伊八醸造庵は、
この丘に根を張り、
ここで続いていきます。
過去を保存するのではなく、
未来へと伸ばす。
この谷は背景ではありません。
発酵の主体です。
